Cochi Mode

2010 年 1 月 10 日

アバターは3Dで見る価値アリ

カテゴリー: Cochi のこと — Cochi @ 1:24 PM

昨日、アバターを見てきました。

日の出イオンモール内にあるワーナーマイカルシネマズで、
レイトショー+3D価格で 一人1,500円。

最初、まったく3Dを見る予定が無くて、普通ので 1,200円で見ようと思っていたのだけれど、
3Dじゃないやつは、当日の上映が終わっていて、しかも残っているやつは吹替版。
(普段吹替は嫌いで見ない)
悩んだけど、前評判が良かったのとネタとして3D体験してみようということで、300円プラスして見てみる事に。

結果としては、「面白かったっ!3D未体験なら一度見てみるベシっ!」です。

まず、3Dは純粋に新鮮です。
最初は正直違和感でまくりですが、だんだんと違和感は薄れていきます。
普通に見るよりも臨場感が増している感じで、肌の質感がいつもよりリアルに見えます。
ただ、欠点を挙げると字幕は見づらい。

吹替版たけど、所々宇宙人の言葉が字幕が出ます。
そこの字幕を見る限り、文字が浮き出していて、それが文字だとなかなか認識できません。
認識できたところで目の焦点を合わすまでの時間が多少必要で、意識して読もうとしないと読めない。
すべて字幕だったら疲れるだろうなぁという感想。

お話自体もなかなか面白かったです。
勧善懲悪な典型的ハリウッド映画ですが、とても綺麗なCGとともにテンポ良く進み、
最後まで中だるみ無く見終わりました。

とにかく、「3Dで映画を見る」ということが新鮮だし、「将来、お茶の間TVとかゲームとかこうなるのかな?」
という未来を感じさせてくれるので、未体験な人にはオススメできます。

映画「アバター」オフィシャルページ

2010 年 1 月 4 日

デジハリはじめました。

カテゴリー: Cochi のこと — Cochi @ 10:33 PM

12月からデジハリに入学しました。

といっても通信教育の方だけどもw

http://online.dhw.co.jp/
グラフィック&Web制作ソフト習得コース
で勉強してます。

まぁ、メインは将来のためにAdobe MasterCollection買っておきたいなと
思ったからなんだけども、(スチューデントパック適用で普通に買うより安い)
illustratorとか パスもろくに描けない感じだったので、以外とちゃんと勉強出来てます。

まー、操作方法のみに特化しているので、初心者本とかでちゃんと勉強できる人には
いらないね。これだけで独立とかSOHOやるゼってのははっきりいって無謀。

学生の知り合いいない and とりあえず操作方法をさっさと習得したい
という人には、パッケージ&教習本 買うよりもお得だと思うヨ。

2010 年 1 月 2 日

元日にブログを始めたこと

カテゴリー: Cochi のこと — Cochi @ 12:24 AM

元日にいきなりブログを始めたのは、

まぁ、前々から無駄なことをダラダラとアウトプットしたいなと思っていたのと、
周りとの関係を一切断絶して一人鎖国になっていたことに気がついたから。

まだまだこー、積極的に周りにアクセスしていける勇気はないんだけども、
とりあえず元気よ?
心のポートは全開放するつもりなのでいつでもアクセスPlz よ?
的な姿勢が見せたくなったから。

あと、前はいつもネットに対して1枚違う人格をはさまないとアクセスできなかったんだけども、
今ならプライドやら心のフィルタリングをはずして素の状態でまわりと関係を築けるんじゃない?
って思えてきたこと。

そんなモロモロの理由から、周りとの縁を築きたくなったので始めてみました。

・・・なんか文章、堅いな。
こー、バカジャネ?って突っ込まれるキャラになりたいんだが・・・。

2010 年 1 月 1 日

ばーちゃんのこと

カテゴリー: Cochi のこと — Cochi @ 9:30 PM

はろー。
去年、ばーちゃんが亡くなったので新年の挨拶は無し。

ブログを始めるにあたって&元日なので、
自身の過去と未来について書きたいなと思います。

長くなりそうだし、こういう時って2、3回に分けた方がいいのかな。
教えてえらい人。

■ ばーちゃんのこと

ばーちゃんが去年の9月に亡くなった。
死亡原因の欄には色々書かれていたけれど、直接的な原因は腰の骨折。
2年間以上入院して、徐々に体力が無くなっていった感じ。

僕のばーちゃんは、僕が中学生のころに 母親が離婚して以来、
それから一人暮らしを始めるまでの21歳まで
二人で同じ家に住んでいたので、一番近い家族だったと思う。
(あと父と弟がいたが、近くの別の家)

21歳の時以来、一人暮らしになってからも何の気負わずに帰れる場所を
与え続けてくれたのも ばーちゃんだった。

ばーちゃん家に行くと、
ばーちゃんも僕もあまり話題が多い方じゃないのであまり話したりはせず、
ぼーっとテレビを見ていたり気温や健康のことを少しだけ話して、
夕方前には帰るような緩い繋がりだった。

毎回のように、僕の体型が心配だということ(太っているので)と
僕のことを良く褒めちぎってくれた。
そして、毎回のように帰り道では、

・痩せなきゃなぁ・・・
・俺はそんな出来た人間じゃないよ・・・

ってなことを思っていた気がする。

僕が20歳後半になってくると、ばーちゃんの今後を考えるようになり、
ばーちゃんの介護を意識し始めた。当時、生活も安定していなかった為、
重い問題だった。
埼玉に一人暮らしをしている叔母さんが、ばーちゃんと一緒に住むという
電話が来て、引っ越すことになったけれど、正直肩の荷が下りた気分…
というより責任から逃げることを許された気分だった。

ただ、素直に受け入れられたわけじゃなくて、

・僕の帰る所を奪わないでくれ。
・これで責任を取らないで済む。

という無責任な思いがぐるぐるまわっていた気がする。
ただ、「これで背負わなくて済む」っていう方が圧倒的に強くて、
快く承諾していた。
今思うと、すっごい無責任で思い出すだけでも情けなくて許せない。

それから亡くなるまで3年間(ぐらいだったと思う)は叔母さんと埼玉で
生活した。ほとんど入院生活だったけれど…。
ちょくちょくお見舞いにはいっていたけれど、急激に年老いていくばーちゃんを
見て、ばーちゃんの死をずっと恐怖していた。

「退院して元気になったら一緒に旅行で海に行こう」
入院中にそんな約束をし、いつか可能だと思っていた。

突然話が変わるけれど、僕の父は僕が21歳のころ亡くなった。
原因はクモ膜下出血。
突然、講師として呼ばれた講演会場で倒れ、家に連絡が来て3日で亡くなった。

倒れる前日のことは良く覚えてる。

僕に、講師として講演することを少し自慢げに話し、本当は指し棒じゃなくて
レーザポインタを使ってやりたいと話していたことに対して、
ハンズに売ってたことを教えると、急いで僕をつれてハンズにいき、
ほたるの光が流れる中、あせりながら探して買った。
父はうれしそうにし、僕も初めて触るレーザポインタを面白がってビルとかに
向かって遊んでいた。

そんな感じで亡くなる前日はとても明るく元気だったため、突然の死は
とても受け入れられなかった。

その頃、ちょうどバイトを辞めたところで無収入だったし、弟は高校生だった。
ばーちゃんには年金で生活してもらい、弟は母親に親権を移し、
僕は友人の伝で団地を借り、一人暮らしを始めた。

初めての一人暮らしに興奮し、大人としての生活力も未熟だった僕は、
父のことを考えるよりも自分のことで精一杯で、父が亡くなってから
結局9年近くは父の死を受け入れられなかった。

そんなだったから、去年の夏までは墓の名義も父のままにしていたし、
管理費用も滞納し続け、墓参りも9年で2、3度、しかも逃げるように帰ってきていた。

「こんなもん背負いたくない。僕には重すぎる」

そんな感じに思っていた。
思えば、それから去年までの9年弱、自分の精神状態はグダグダだった。
ありとあらゆる辛さから逃げることを自分に許し、誰に対しても甘えることを
許し続けていた。

当時を知っている人、関わってきた人、とても僕の扱いに困ったと思う。
ごめんなさい m(__)m

去年、自分の生活も低い水準ではあるものの安定し、多少心に余裕が
持てた頃、「そろそろ過去を清算し、自分に自信が持てるようになりたい」
という思いから、妻の助けもあり名義を自分に移し、墓誌に父の名を刻むことができた。

父の名が墓誌に刻まれているのを見て、やっと父の死を受け入れられたし、
父と面と向かって話せた気分になれた。

ばーちゃんの亡くなったのはそんな風に父の死を受け入れられたちょうど翌月頃だった。

僕が父の墓参りをするのを
・待っていた?
・待たせてしまった?
・それとも、ばーちゃんが入院する中、墓のことを考えていた自分がばーちゃんの死を招いた?

ばーちゃんが亡くなった時、そんな風に思った。
いや、今でも思ってる。

でも、そんな風に考えることを ばーちゃんは許さないだろうなと思う。

明るく前向きに生きることを全身全霊でひたすらに毎日願うんだろうなと思う。
(ばーちゃんは毎日僕らの無事と健康を祈るのが日課だって言っていた)

ばーちゃんが亡くなる前、「ばーちゃんが亡くなったらしばらく立ち直れなそうだ」
と思っていたけど、実際になってみれば、薄情なのか前向きなのか一週間経たずして
普通の生活に戻れた。

ばーちゃんが亡くなって、長く会っていなかった人達に会えた。
・10年以上会っていなかった従兄弟達。
・喧嘩(僕の一方的な無視だった気もする)して6、7年間連絡を取らなかった弟。
に会わせてくれた。

ばーちゃんの死を正当化したくないけど、無駄にもしたくない。

だから、父の死、ばーちゃんの死、情けなくて許せない自分、そんなネガティブな面を
ありのままに受け入れて、正直に前向きに生きたい。

それが2010年の抱負かな。

あと、数年ぶりに出会えた従兄弟達の縁、
わだかまりが無くなった弟との縁、

今はすっごく脆い縁だけど、今年中にもうちょい強くしておきたいな。

あとあと、別途話すけど、自ら断ち切ってしまった友人達との縁。
これも構築し直しだ。

2010年は、ばーちゃんの思いとばーちゃんが教えてくれた縁を大事にする年に
したいと思う。

なんか、やっぱり文章が下手だな。
まとまってなくて読みづらくてゴメンナサイ。
ただ、どうしても一回どっかにたまってた思いを吐き出して、
2010年のスタートを切りたかった。

もし、読んでくれた人がいたらありがとう。

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